中居正広さんが、MCを務める「ドラフト緊急生特番!お母さんありがとう」で、Honda鈴鹿所属の平尾奎太投手が取り上げられるそうですね。

 

藤浪投手(現 阪神)や沢田投手(現 オリックス)と大阪桐蔭高校時代に同級生だった平尾奎太投手ですが、同志社大学を経て、Honda鈴鹿で才能が開花し、ドラフト候補として名を馳せる選手に成長しました。

 

今回は、Honda鈴鹿所属の平尾奎太投手に注目しました。

平尾奎太投手のプロフィール

出典 BBM

 

平尾奎太(ひらお けいた)投手は、1994年6月21日生まれの24歳。

 

大阪府泉佐野市出身。

 

身長188㎝、体重90㎏、左投げ左打ち。

 

平尾奎太投手は、泉佐野第一小学校2年生から泉佐野レッドスターズで野球を始め、佐野中学校では軟式野球部でプレーしていました。

 

大阪桐蔭高校では2年春からベンチ入りをしていますが、2年秋に国指定の難病「IgA腎症」を発症!

 

2012年の大阪桐蔭高校の甲子園の春夏連覇の時には、登板はありませんでしたが、ベンチ入りしています。

 

大阪桐蔭高校卒業後は同志社大学に進みましたが、「IgA腎症」の治療のため、入退院を繰り返し、2年間は公式戦の応援や裏方に回っていました。

 

「IgA腎症」が完治した3年春からはリーグ戦に登板し、3年春は3試合に登板し、2.1回1安打5四死球2奪三振、防御率3.86の成績、3年秋は7試合に登板し、15.2回16安打3四死球11奪三振、防御率0.57の成績を残しています。

 

そして、4年春には8試合に登板し、2完封を含む3勝3敗、24奪三振、防御率 2.66で初の投手10傑入りを果たし、4年秋のシーズンには7試合に登板し、4勝1敗、43奪三振、防御率1.38をマークし、初のベストナインに選ばれています。

 

平尾奎太投手は大学通算8勝4敗の成績を残し、Honda鈴鹿に2017年に入社!

 

Honda鈴鹿では1年目から公式戦に出場し、社会人1年目の都市対抗野球大会1回戦のきらやか銀行戦では、2番手として登板し、5回をノーヒット無失点に抑える好投を見せ、2回戦の三菱日立パワーシステムズ戦でも先発で9回無失点に抑えましたが、リリーフ登板した投手が延長11回に打たれ、サヨナラ負けを喫しています。

 

その後、平尾奎太投手は侍ジャパン社会人日本代表に選出され、アジア大会に出場!

 

平尾奎太投手はリリーフで4回2安打5奪三振無失点の成績を残し、日本のアジア大会優勝に貢献しています。

 

社会人2年目となった都市対抗野球大会では、1回戦の三菱日立パワーシステムズ戦に先発で登板し、5回3失点と試合をまとめましたが、相手の柘植投手に味方打線が抑えられ、1対4で敗退しています。

 

そして、9月に行われた日本選手権大会東海地区予選では、平尾奎太投手は3試合に先発、最後の代表決定戦のジェイプロジェクト戦では6安打完封勝利を飾り、Honda鈴鹿の2大会ぶり12回目の日本選手権本大会出場に貢献しています。

 

 

平尾奎太投手は、最速146キロの直球にカーブ、スライダー、チェンジアップ、スクリューを操る左腕投手。

 

安定感のあるピッチングでドラフト候補として注目されています。

 

平尾奎太投手の動画はコチラ

平尾奎太投手が発症した「IgA腎症」ってどんな病気?

平尾奎太投手は高校時代に、国指定の難病「IgA腎症」を発症し、大学2年まで登板することができませんでした。

 

平尾奎太投手が発症した「IgA腎症」ってどんな病気なんでしょうか?

 

ネットで調べてみると、小学校高学年以降に多く発症する病気のようですね。

IgA腎症は、小学校高学年以後に多く発症する慢性糸球体腎炎の中で最も頻度の高い病気です。血尿と蛋白尿が続き学校検尿で発見されることが多いですが、真っ赤な尿(肉眼的血尿)で気づかれることもあります。腎臓には100万個の糸球体(尿を濾過する組織)があるのですが、その糸球体の中のメサンギウム領域という場所にIgAという抗体が沈着して、炎症を起こして、蛋白尿や血尿が出ます。異常なIgAは扁桃腺や骨髄で産生されていると言われていますが、その原因としてリンパ球の機能異常、細菌やウイルス感染症、遺伝的な素因などが言われています。10年以上の経過で腎不全に陥っていくこともあります。成人では20年で30~40%が、小児では15年で11%が末期腎不全(腎代替療法、すなわち透析か移植が必要になること)になります。特に蛋白尿の多い例、組織学的に重症な例が、腎不全になりやすいと言われています。寛解(蛋白尿と血尿を消失させること)させ、将来腎不全にならないようにすることが治療の目的です。

出典 国立成育医療研究センター

 

「IgA腎症」という病気になった平尾奎太投手ですが、野球を辞めようと思ったことはないそうです。

「野球を辞めようと思ったことは一度もありません。支えてくれた家族に感謝したい。同じ病気で苦しんでいる方や子どもたちを励ますことができ、勇気を与えられるような選手になることができれば。それがプロを目指す一番の理由です」

出典 スポニチ

平尾奎太投手の父親は?

平尾奎太投手は、泉佐野第一小学校2年生から野球を始めていますが、平尾奎太投手の父親が野球をしていたことがきっかけのようです。

 

平尾奎太投手の父親の平尾健二さんは、東北高校から大阪商大を経て、NTT北陸で社会人野球をしていました。

 

父親の平尾健二さんは東北高校時代に甲子園出場も果たしているそうです。

 

そして、平尾奎太投手の目標は、父親に追いつき追いこすことのようです。

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最後に

平尾奎太投手は、「IgA腎症」という病気を克服して、ドラフト候補と呼ばれる選手に成長してきました。

 

強い精神力を持った選手でしょう。

 

ドラフトでは左腕ということもあり、上位から中位で指名されるのではないでしょうか!

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