中学時代にサニブラウン選手を抑え、全日本中学校陸上競技選手権で2冠(100m・200m)を達成した五十幡亮汰選手!

 

その後は、陸上を辞め、大学野球でドラフト上位候補と呼ばれる選手に成長しました。

 

今回は、中央大学のドラフト候補・五十幡亮汰選手に注目しました。

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五十幡亮汰選手のプロフィール

五十幡亮汰(いそばた りょうた)選手は1998年11月27日生まれ。

 

埼玉県行田市出身。

 

身長172cm、体重67㎏、右投げ左打ち。

 

五十幡亮汰選手は、行田市立東小学校1年生の時に投手兼ショートとして行田東フェニックスで野球を始め、小学校6年の時にヤクルトスワローズジュニアに選出されています。

 

行田市立長野中学校時代は、陸上競技部に所属するとともに東京神宮リトルシニアでプレーし、中学校3年生の時にU-15日本代表に選出されています。

 

中学校卒業後は佐野日大高校に進学し、1年夏からレギュラーを獲得!

 

1年夏の栃木大会は9番レフトあるいはライトで出場し、初戦の小山西高校戦で1打数ノーヒット、2回戦の佐野高校戦で4打数2安打2打点、3回戦の宇都宮商業高校戦で2打数2安打、準々決勝の高根沢高校戦で2打数2安打、決勝の作新学院高校戦で途中出場で1打数ノーヒットの好成績を残しましたが、試合は敗れ、甲子園出場を逃しています。

 

1年秋の栃木大会は、決勝で宇都宮南高校に敗れましたが、準優勝で関東大会に出場!

 

続く、1年秋の関東大会は9番センターで出場し、初戦の常総学院高校戦で3打数1安打をマークしましたが、接戦の末、1対2で敗れています。

 

2年夏の栃木大会は、1番センターで出場した1回戦の小山高専高校戦で2打数2安打1打点、9番センターで出場した2回戦の黒磯高校戦で4打数2安打1打点、3回戦の文星芸大付属高校戦で3打数1安打をマークしましたが、試合は3対6で敗れています。

 

五十幡亮汰選手は2年冬からショートに転向しましたが、3年春の栃木大会は2回戦で作新学院高校に5回コールドで敗れています。

 

3年夏の栃木大会は1番ショートで出場し、1回戦の今市高校戦で3打数ノーヒット、2回戦の真岡北陵高校戦で4打数ノーヒットと調子が上がりませんでしたが、3回戦の矢板中央高校戦では5打数2安打と結果を残しました。(3回戦は3対4で惜敗)

 

五十幡亮汰選手は、高校卒業後は中央大学に進学し、1年春からベンチ入り。

 

1年春のリーグ戦では9番センターで出場し、12試合で43打数11安打、4打点、3盗塁、打率.256をマーク!

 

1年秋は足の怪我の影響で出場試合数が減少しましたが、復調した2年秋は2番センターで11試合に出場し、38打数13安打、1本塁打、4打点、2盗塁、打率.342をマークし、初のベストナインに選出!

 

3年春は12試合に出場し、46打数11安打、1本塁打、4打点、3盗塁、打率.239に終わりましたが、3年秋は11試合に出場し、40打数12安打、4打点、9盗塁、打率.300の好成績を残し、2回目のベストナインを獲得!

 

4年秋も10月7日終了時点で、6試合に出場し、24打数7安打、0打点、3盗塁、打率.292の成績を挙げています。

 

 

五十幡亮汰選手は、50m走5秒6、遠投110mを誇る俊足の外野手。

 

五十幡亮汰選手の動画はコチラ

五十幡亮汰選手のスカウト評

ヤクルト・橿渕スカウトグループデスク(2020/3/8付)

「積極的に振れるし、2位以内でしょう」

 

ソフトバンク福山龍太郎アマスカウトチーフ(2020/3/8付)

「周東と互角くらいの足を持っている」

 

オリックス・牧田勝吾編成部副部長(20/6/23付)

「ウチの田嶋大樹が高校の時に、五十幡も見ていました。脚力があって、肩も強く、打撃面でもしっかり成長しています。脚のスペシャリストは打線に1人置いておきたいですからね。脚力は大きな武器になると思います」

 

ソフトバンク・永井智浩編成育成本部長(20/9/23付)

「出塁できれば大きな戦力。打撃でアピールできていたし、肩の強さもある」

ヤクルト・小川淳司GM(20/9/23付)

「ミート力が上がってきている。(1位指名の)12人の中に入ってくるだろう」

 

日本ハム・大渕スカウト部長(20/9/23付)

「凡打を含め、バッティングの中身がいい」

 

ロッテ・永野プロ・アマスカウト部長(20/9/23付)

「超トップクラス。ウチの和田もここまでは速くない」

 

阪神・和田豊テクニカルアドバイザー(20/9/30付)

「広角に打つ打撃ができている。こういう(足のある)選手がラインアップにいると投手は嫌がる。他の打者に相乗効果を与えることができる選手」

五十幡亮汰選手が陸上をやめた理由は?

全国中学陸上競技選手権大会決勝で、サニブラウンを破り、100m走と200m走の2冠を達成した五十幡亮汰選手ですが、そのまま陸上に進んでいれば、活躍できたかもしれません。

 

実際に、陸上選手として活躍していた中学時代は強豪校からオファーがあったそうです。

 

しかし、きっぱりと陸上をやめた理由は、母の恵子さんとの約束を叶えるためだったようですね。

2013年、埼玉県行田市の長野中3年生のときに、全国中学陸上選手権大会の100メートルと200メートルでサニブラウンを破り優勝。陸上選手として輝かしい実績を残した。陸上の強豪校10校以上からオファーがあったにも関わらず、佐野日大で野球部に入部した。

その理由は、小3の時にがんで亡くなった母・恵子さんとの「プロ野球選手になる」という約束を果たすためだった。恵子さんは、一時帰宅中に死去。「何が起きているかわからなかった」と一時は野球もやめようと思ったという。だが、母が最後に残した手紙に書かれていた「夢をかなえて」の言葉。五十幡は「お母さんは自分が野球をやっている姿が好きだった。約束した夢、絶対にかなえないと」と語る。

出典 スポニチ

最後に

大学の低学年の時は、盗塁のスタートを切るときの姿勢が若干、前かがみになるクセがあり、このクセを相手バッテリーに見抜かれ、盗塁失敗になるケースが多かった五十幡亮汰選手でしたが、高学年になるに従い、盗塁数を伸ばしてきました。

 

俊足だけでなく強肩もウリの選手なので、ドラフト上位は確実でしょう。

 

頑張ってほしいですね。

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