社会人の投手でドラフト上位候補といわれているのが、日本通運の生田目翼投手です。

 

流通経済大学時代も、プロ志望届を提出しましたが、肩の不安もあり、無念の指名漏れ!

 

しかし、社会人の日本通運に進んでからは、大学時代よりも更に良くなったと評判です。

 

今回は、日本通運の生田目翼投手に注目してみました。

生田目翼投手の読み方は?

生田目という名字は珍しいですよね。

 

生田目翼投手は「なばため つばさ」と読むそうです。

 

生田目という名字は、全国に5600人しかいないそうですよ。

現栃木県である下野国芳賀郡生田目村が起源(ルーツ)である、紀氏(紀朝臣出が多い。竹内宿禰を祖とする。源平藤橘につぐ大姓)、佐竹家の士族、宇都宮家の士族にみられる。武田氏の家臣にもみられた。天生目氏などが関連姓としてある。

出典 名字由来ネット

生田目翼投手のプロフィール

 

生田目翼投手は1995年2月19日生まれの23歳。

 

茨城県常陸大宮市出身。

 

身長176㎝、体重84㎏、右投げ右打ち。

 

生田目翼投手は兄の駿さんが野球をやっていたことから、村田小学校3年生の時に常陸大宮リトルで野球を始め、大宮市立第二中学校時代は軟式野球部に所属していました。

 

水戸工業高校では、1年秋から4番遊撃手としてプレー、2年秋からエースとなり、2年秋の茨城大会では準々決勝で水戸商業高校に敗退、3年夏の茨城大会も竜ケ崎一高に敗れ、甲子園出場は叶いませんでした。

 

しかし、高校1年生の頃には130キロ程度だった球速が、軸足の蹴り方を意識し始めてから、高校3年夏には145キロまで球速が上昇したそうなので、素質はあったのでしょうね。

 

高校野球が終了した生田目翼投手の元には、複数の大学から勧誘があったそうですが、生田目翼投手は高校で野球をやめ、就職する予定だったそうです。

 

しかし、兄の駿さんから、「4年間できるチャンスがあるなら、やり切ってみろ!」と激励され、生田目翼投手は野球を継続することを決意します。

 

生田目翼投手は流通経済大学に入学後、本格的に投手に専念するようになり、プロ野球通算169勝の高橋直樹氏と出会ったことで、成長していきます。

生田目は、自身を大きく成長させる投手コーチに出会う。まずは1年の時にコーチだった高橋 直樹氏。プロ通算169勝と偉大な実績を残した高橋氏から学んだことは何だろうか。「インコースの使い方を教えてもらいましたね。三振をとるのもいいけど、投球数を多くせずに打ち取る投球を教えていただきました。ツーシームを投げるならば、右打者の懐へ投げて打たせて取る。そしてスライダーを左のインコースに投げると良いところに決まれば空振りが取れるということも教えていただき、それを実践できるようにしていきました」

高橋氏からそれまで学んでこなかった投球のイロハを教えてもらった。

出典 高校野球ドットコム

 

高橋直樹氏から、ピッチングのコツを学んだ生田目翼投手は、2年春に先発に定着し、2年春は4勝3敗、防御率2.59の成績を残し、2年秋は3勝3敗、防御率1.88と実績を積み上げていきました。

 

その後、生田目翼投手は3年春からコーチとして着任した玉田淳コーチから、フォークボール、チェンジアップ、カーブ、カットボールを教わり、走ることの重要性を認識させてもらいました。

生田目の指導をはじめ、投手の指導全般を玉田コーチに任せた中道 守監督は当時の状況をこう振り返る。

「生田目はあまり自分を追い込んで練習する選手ではなかったんです。玉田さんがきてからは、玉田さんに預けることにしました。そこで玉田さんが走る重要性を教えたんですよね。走らなければ技術向上につながらないと」

生田目は走ることが嫌いだった。だが玉田コーチからその重要性について教えられたことで、チームの一員として手を抜く姿を見せていいのかと、客観視できるようになった。「チームのことを考えると自分だけが手を抜くことはできない。とにかくやらなければならないという気持ちで走っていきました」

出典 高校野球ドットコム

 

玉田淳コーチから様々な球種を学び、走ることの重要性を教えてもらった生田目翼投手は3年春のリーグ戦で6勝を挙げ、流通経済大学のリーグ優勝に貢献しています。

 

生田目翼投手の活躍でリーグ優勝を果たした流通経済大学は、全日本大学野球選手権に出場!

 

生田目翼投手は初戦の城西国際大学戦で、8回まで10奪三振と好投しますが、9回に無死満塁のピンチをつくり、途中降板!

 

しかし、準決勝の神奈川大学戦で2安打完封して、城西国際大学の雪辱を果たしています。

 

けれども、決勝の早稲田大学戦は、登板直後に股関節を痛めた影響で、7回に崩れたため、チームも準優勝に終わっています。

 

3年秋になると、四死球で自滅することが少なくなり、3勝を挙げましたが、右肘の怪我で途中離脱し、4年春は肩痛を発症し、登板することができませんでした。

 

そして、4年秋のリーグ戦では、リーグ戦終盤の高千穂大学戦で復帰登板を果たし、完投勝利を飾っていますが、創価大学戦と東京国際大学戦では負け投手となっています。

 

日本通運に入社後は、1年目から抑えとして起用され、都市対抗野球大会1回戦の三菱重工広島戦で6番手で公式戦デビュー!

 

生田目翼投手は都市対抗野球大会準決勝の三菱日立パワーシステムズでも9回に登板し、最速149キロの速球で相手打線を3者凡退に討ち取っています。

 

また、生田目翼投手は全日本選手権1回戦の沖縄電力戦でも、日本通運の抑えとして9回に登板しましたが、4安打2失点と相手につけいる隙を与えてしまいましたが、最後のバッターを外野フライに討ち取り、ピンチを脱しています。

 

生田目翼投手は社会人2年目となり、先発に転向!

 

社会人2年目の都市対抗野球大会南関東大会では、初戦の新日鐵住金かずさマジックで4安打完封、第2代表決定戦となったJFE東日本戦でも先発し、8回無失点の成績を残し、日本通運の都市対抗野球大会出場に貢献しました。

 

しかし、都市対抗野球大会初戦のホンダ熊本戦では、3回途中2失点降板と結果を残すことができませんでした。

 

 

生田目翼投手は、最速155キロの速球にスライダー、フォークボール、チェンジアップ、カーブ、カットボールの変化球を持つ右腕。

 

変化球でカウントが取れなくなると、ストレートを置きに行くクセがあるのが課題です。

 

生田目翼投手の動画はコチラ

生田目翼投手のスカウト評

日本ハム・岩舘スカウト(3/3付)

「直球の勢いがあるのが特長だけど、今日みたいにいろんな球を投げれば幅が広がる」

 

中日・米村明チーフアマスカウト(4/14付)

「制球が良くなったし投球の幅が広がった。どこも(ドラフト)上位候補だろう」

 

巨人・井上真二チーフスカウト(6/6付)

「大人の投球ができていた。即戦力」

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最後に

生田目翼投手は、最速155キロを投げる投手として、大学時代から有名な投手です。

 

ただ、ポテンシャルはあるものの、制球に不安を残す点があり、即戦力となると疑問符が付きます。

 

おそらく、ドラフトでは2位指名内に入ってくると思いますが、どうなんでしょうね。

 

【追記】

生田目翼投手は日本ハムにドラフト3位で指名されました。

 

寸評

最速155キロの本格派右腕で、ルーキーイヤーから1軍で活躍できる可能性十分の即戦力として評価。流通経済大学時代は3年時に全日本大学選手権準優勝を果たすなどドラフト注目選手だったが、故障などもあり指名漏れ。今シーズンはファイターズOB武田久兼任投手コーチの指導も仰ぎ成熟した。粗削りな一面を持つが、力強いボールは一級品。

 

11月16日、生田目翼投手は、さいたま市内のホテルで、契約金6000万円、年俸1000万円(金額は推定)で仮契約を結んでいます。

 

11月23日、北海道日本ハムファイターズは2018年新入団発表を行い、生田目翼投手の背番号は13番となりました。

 

生田目翼投手のコメント

ーファイターズのユニフォームに袖を通した心境は?
「新しいチームで背番号をいただいて、プロ野球選手になる実感が沸いてきました」
ーセールスポイントは?
「相手に向かう強い気持ちです。気持ちで負けない選手になりたいです」
ー目標や目標とする選手は?
「1年目から活躍して、長くファイターズにいたいと思います。恩師である武田久さんを目標に頑張ります」

出典 北海道日本ハムファイターズ

 

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