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10月4日にオリックスでも戦力外報道がありました。

 

戦力外報道されたのは、塚原頌平投手、佐藤世那投手、戸田亮投手、縞田拓弥内野手、園部聡内野手、坂本一将内野手、吉田雄人外野手の7名!

 

塚原頌平投手は育成選手契約を交わす予定のようですね。

 

今回は、戦力外報道があった佐藤世那投手に注目しました。

佐藤世那投手のプロフィール

出典 http://puroyakyuplayers.com/

 

佐藤世那(さとう せな)投手は、1997年6月2日の21歳。

 

宮城県仙台市出身。

 

身長181cm、体重84kg、右投げ右打ち。

 

背番号は67番。

 

佐藤世那投手は南光台東小学校2年から野球を始め、「楽天イーグルス ベースボールスクール」に所属。

 

秀光中等教育学校時代に投手に投手になっています。

 

中学校卒業後は仙台育英高校に進学し、1年秋からベンチ入りし、2年秋からエースとなっています。

 

2年秋の宮城大会決勝で東陵高校を下し、東北大会に出場した仙台育英高校は、決勝で大曲工業高校を下し、神宮大会に出場!

 

仙台育英高校は神宮大会でも浦和学院高校を下し、神宮大会優勝を達成しています。

 

3年春の選抜大会では、佐藤世那投手は1回戦の神村学園高校戦で6安打8奪三振の完封で勝利に貢献し、2回戦の敦賀気比高校戦でも8回5安打2失点に抑えましたが、相手投手の平沼翔太投手に自チームが1点に抑えられ敗退しています。

 

3年夏の甲子園大会では、1回戦の明豊高校戦で8回4安打1失点、2回戦の滝川第二高校戦で9回1失点、3回戦の花巻東高校戦で5.2回を1失点、準々決勝の秋田商業戦で3失点完投、準決勝の早稲田実業戦で完封と安定した投球を続けましたが、決勝の東海大相模高校戦では連投の疲れから15安打10失点と打ち込まれ、準優勝となりました。

 

甲子園終了後は、U-18ワールドカップ日本代表に選出され、チームの準優勝に貢献!

 

そして、2015年ドラフト会議で、オリックス・バファローズにドラフト6巡目で指名され入団しています。

 

オリックス・バファローズ入団1年目の2016年はファームで12試合に登板し、4勝4敗、防御率5.37。

 

入団2年目のファームでの成績は12試合に登板し、2勝1敗、防御率5.00。

 

入団3年目のファームでの成績は8試合に登板し、2勝0敗、防御率4.15。

佐藤世那投手はアーム式だった!

佐藤世那投手が、甲子園準優勝投手だったにもかかわらず、ドラフトの指名順位が低かったのは、アーム式だからで。アーム式の投手は、肩や肘への負担が大きく、怪我しやすいといわれていわれています。

 

佐藤世那投手は、プロ入り3年目となる2018年にサイドスローに変更し、プロ野球での生き残りに賭けていました。

フォームは、大きく踏み込み、重心を低くしてリリースするサイドスロー。投球を終えると、コーチのアドバイスに熱心に耳を傾けていた。

「アンダーというわけではないですよ。もちろん(リリースは)低くはしたいですけど」。投球を終えた佐藤世は、そう現時点でのフォームについて話した。今年からオリックスを取材する記者も、昨年末のサイド転向の一報に触れてから、じかに見るのは初めてだった。アンダースロー挑戦もささやかれていたが、突き詰めるのはサイドスローだと言う。

出典 スポーツ報知

 

しかし、結果を残せず、佐藤世那投手は戦力外となってしまいました。

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最後に

佐藤世那投手は、夏の甲子園前に右肘の剥離骨折をしていて、プロ入りの際も右肘に不安を抱えていたようです。

 

オリックスも、そんな佐藤世那投手を3年で戦力外にしました。

 

見込みがないと判断されたのでしょうね。

 

佐藤世那投手は、この後、トライアウトを受けるのでしょうか?

 

【追記】

佐藤世那投手はトライアウトを受けましたが、NPB球団からのオファーがなかったため、横浜球友クラブと契約したそうです。

元オリックスの佐藤世那(21)が5日、TBS系「バース・デイ」に出演。今季は硬式野球チームの横浜球友クラブと契約し、NPB復帰を目指す考えを示した。

仙台育英時代は全国区のプレーヤーだった。3年夏の甲子園では、準決勝で清宮(現日本ハム)率いる早実に快勝。決勝で東海大相模に敗れたが、準優勝に輝いた。

だが、プロ3年目、21歳で受けた戦力外通告。サイドスローに転向するなど活躍の道を模索したが、1度も1軍のマウンドを踏むことはなかった。「この年齢で職を失うとは思ってなかった。まだまだNPBでやりたかった。本当に悔しい。もう一度、この舞台でやりたいという思いが強いです」。

トライアウトを受験したが、NPB球団からのオファーはなし。「今の自分の能力でプロに戻るのは100%無理」と現実も受け入れつつ、現役続行を決断。BCリーグ富山からもオファーを受けたが、1年を通して給料も支払われる横浜球友クラブと1年契約を結んだ。

もう一度、オーバースローでNPB復帰を目指す。21歳は「僕自身もここまで悩みましたし、レベルアップしてトライアウトに戻りたい。もう少し野球をやりたい」と意気込んだ。

出典 デイリースポーツ

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