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巨人の脇谷亮太選手が、今期限りで引退を決意したとスポーツ新聞各紙が報じています。

 

スポーツ報知も報じていますから、決まりでしょう。

 

脇谷亮太選手は、今シーズン1度も1軍に登録されていないうえに、36歳という年齢ですからね。

 

脇谷亮太選手も、このあたりが潮時と感じたのではないでしょうか?

 

今回は巨人の脇谷亮太選手について調べてみました。

脇谷亮太選手のプロフィール

出典 ウィキペディア

 

脇谷亮太(わきや りょうた)選手は1981年11月4日生まれの36歳。

 

大分県大分市出身。

 

身長177cm 、体重77kg、右投げ左打ち。

 

背番号12。

 

脇谷亮太選手は小学校2年の時に「ふじが丘少年野球団」で野球を始め、柳ケ浦高校時代は2年夏のベンチで甲子園出場を果たしていますが、1回戦で横浜高校に敗れ、初戦敗退しています。

 

高校卒業後は、日本文理大学に進学し、4年の時に全日本大学選手権で優勝し、MVPに選ばれています。

 

日本文理大学を卒業した後、NTT西日本に入社し、俊足の3塁手として活躍したことから注目され、2005年の大学生・社会人ドラフトで5巡目に指名され入団!

 

入団1年目となった2006年から60試合に出場し、打率.270を挙げ、チームに貢献!

 

2009年には、クライマックスシリーズで決勝点を挙げる活躍を見せ、シリーズMVPを受賞しています。

 

2011年オフには右肘の靱帯再建手術を受け、育成契約となりますが、2013年に支配下登録されています。

 

2013年オフ、片岡治大選手のFA移籍に伴い、人的補償で西武に移籍しましたが、脇谷亮太選手のFAで2015年オフに巨人に移籍していました。

 

プロ野球通算850試合に出場し、2046打数521安打、18本塁打、盗塁67、打率.255。

脇谷亮太選手の嫁は?

出典 日刊スポーツ

 

脇谷亮太選手は、2007年12月に柳ケ浦高校の1年先輩となる悦子さんと結婚しています。

 

でも、この結婚ドタバタだったようです。

 

日刊スポーツ新聞によると、脇谷亮太選手本人の了解を得て、記事にしようとしたのに、脇谷亮太選手本人が相手の実家に結婚の承諾をもらっていなかったそうです。

06年の宮崎秋季キャンプ中、ルーキーイヤーを終えた彼から結婚する相手がいると聞いた。「紙面に残れば思い出になるから」と提案、記事にする了解を得た。10年ひと昔、牧歌的な時代である。

キャンプが終わって彼の自宅に行き、大分・柳ヶ浦高の先輩である奥様との出会いなどを聞いた。取材を終え、駅近くの喫茶店で原稿とツーショット写真を出稿。一息ついて帰宅していた地下鉄の車内で電話が鳴った。脇谷からだ。

「ところで、いつの新聞に載るんですか?」

「明日だよ」

「困りますね。無理です。だって、あちらの実家に結婚の承諾をもらっていませんので」

「え…もう、印刷が始まっちゃってるんだよ」

「でも、無理ですよ。だって許可をもらってないんですもん」

「何とかならないかな」

「う~ん、じゃあ、実家の九州地方に届く新聞には載せない、ってのはどうでしょう」

「遠い地方の新聞から印刷するんだよ…」

「…」

基本的な確認を怠っていた。2人で話しても打開策が見つからない。そうこうしている間に、印刷機はじゃんじゃん回っている。「とりあえず、広報に相談してみよう」となった。

新聞で結婚を知ったら、そりゃ怒るだろうな。怒るで済めばいいけど。「娘は渡せん!」なんて展開になったらどうしよう。謝って済む問題じゃない。もんもんと待っていると、広報から電話である。いかなる裁きも受けよう。

「ワッキー(脇谷の愛称)から聞いたよ。もう、印刷機ストップできないんでしょう?」

「すいません」

「今から彼女の実家に電話して、『娘さんをください』って結婚のあいさつをするように言ったよ。もうそれしかないだろう。彼も腹を決めたみたいで、最後は『分かりました』って言ってたよ」

「…ありがとうございます」

しばらくたって、脇谷からも「無事にOKもらいました。大丈夫です」と連絡をもらった。脇谷と球団広報のおとこ気に頭が下がった。

出典 日刊スポーツ

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最後に

脇谷亮太選手は、決して派手なプレイヤーではありませんでしたが、ユーティリティープレイヤーとしてチームに貢献していたと思います

 

現役引退後はチームに残るのでしょうか?

 

ちょっと気になりますね。

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